国道362号線   −その1−


 2004年5月2日、午前3時。私は、家族を起こさないように、こっそりと家を出た。べつに逃げるわけではないけれど、朝早く起こしたりして、妻によけいな負担をかけたくない。
 オートバイのカバーをはずし、スタンドをはずし、引き出す。私は集合住宅に暮らしているので、敷地内でエンジンをかけたりはできない。表通りに出て、なおも20メートルほど押してから、エンジンをかける。メインスイッチをオンにして、チョークレバーをいっぱいに引き、スロットルには手をふれないで、スタータモーターを回す。エンジンは、一発で目覚めてくれた。

 国道16号線を走る。ゴールデンウィークといえども、さすがにこの時間だと、道路は空いている。橋本で国道129号線に入った。午前4時すぎに厚木を通過して、国道246号線に入ったところで、夜が明けてきた。

 今回の旅から、相棒であるオートバイが変わっている。新しい相棒は、ホンダのCB750である。
 オートバイとかクルマが好きな人なら、わかってもらえると思うけど、新しいオートバイやクルマを買って、初めて遠くに出かけるときというのは、心がときめくものである。エンジンの吹け上がる音を聞いているだけで、うれしくなってきてしまう。
 とくに行き先を決めないまま、出てきた。が、なんとなく、“いつもの場所”に向かっている。オートバイに乗り始めてから、現在にいたるまで、もう、何度となく行っている場所だ。

 国道246号線は、かつては丹沢の山のなかを、たよりなく走る1車線道路というイメージであったが、現在はそんなことはない。2車線区間が多く設けられているし、道路の線形も、ゆるやかなカーブに改められている。松田から御殿場まで、30分はかからないだろう。並行する東名高速道路は、上下とも4車線区間となっており、もちろん速いけれど、現在の国道246号線も、それなりに快適である。

 沼津市内から、国道1号線に入る。しばらく走ると、富士川を渡る。右手に、富士山がきれいに見えている。
 富士から清水までの国道1号線は、自動車専用のバイパス区間であり、快適だ。蒲原(かんばら)の近くのカーブで、ふと、右のバックミラーを見ると、富士山がミラーの枠いっぱいに映った。
 由比(ゆい)では、東海道本線と東名高速道路は薩垂(さった)トンネルで抜けているが、いちばん海よりの国道1号線は、海岸線に沿って走っている。景色のよいところであるが、それだけに事故の多いところでもある。つい、景色にみとれてしまうドライバーが多いらしい。
 静岡市内の国道1号線(静清バイパス=せいしんバイパス)も自動車専用区間であるが、片側1車線しかないので、よく渋滞している。この日も渋滞していた。
 大人しく、渋滞について走る。なぜならば、渋滞しているときの静清バイパスでは、路肩を走行するオートバイをねらって、白バイが待ち伏せしていることが多いのである。私も1度、捕まったことがある。100メートルほど先に白バイの姿を見つけた時、「あっ」と思って、すぐに本線に戻ったのであるが、やはりだめであった。しっかり待っていて、切符を切られてしまった。自動車専用であるから逃げようがない。

 静岡市内から、国道362号線に入る。国道362号線は、静岡市から豊川市にいたる157.3キロメートルの路線である。沿線は、静岡市から天竜市までが、ずっと山の中。天竜市から豊川市までが、「姫街道」と呼ばれる旧街道であり、かなり性格の違った道が、ひとつになっている。

 藁科川(わらしながわ)に沿って、山に入っていく。静岡県内の川は、概して急流であるが、藁科川も例外ではなく、源流から河口まで、たった40キロメートルほどのあいだに、1500メートルもの標高差をくだる。川原には、大きな石がごろごろしている。
 途中の集落では、新茶の収穫が始まっていた。見ていると、大きなバリカンのようなもので新しい葉を刈り取り、掃除機のようなもので吸い取っていく。なんだか面白そうだ。


新茶

茶の収穫風景


 久能尾(きゅうのう)という集落を通り過ぎる。こんな山奥で、みんなどうやって暮らしているのだろう、と思うほど、深い山のなかだ。
 このあたり、まだ静岡市である。静岡市はなんというか、北側にやけにでっかく張り出しており、大井川の上流の井川から南アルプスの赤石山脈にいたるまで、全部、静岡市だ。理由はよくわからない。
 もともと大きな面積をもつ市であったのに加えて、2003年4月1日には、清水市と合併した。これにより、静岡市は福島県いわき市を抜いて、日本一広い面積を持つ市となった。人口も70万人を超え、2005年4月1日からは、国内14番目の政令指定都市に移行する予定である。
 めざましい発展を遂げている静岡市であるが、この山のなかのひっそりとした久能尾集落も、れっきとした静岡市なのである。

リンク
静岡市公式ページ


 久能尾からは、山越えになる。道幅もせまくなり、慎重な運転が要求される区間だ。この区間、何回も走っているのだが、来るたびに緊張する。見通しはそんなに悪くないのだけれど、カーブが逆バンク状態になっている部分が多いのである。とりわけ、下り坂では慎重な運転が要求される。

 新しい相棒は、ナナハンのわりには、ひらひらと、じつに軽快にカーブを曲がってくれる。前の相棒であるGB250クラブマンは、カーブをまわるのに、多少のコツが必要だった。前後18インチという大きなホイールは、そもそも小さなカーブをまわりにくいうえ、短いバーハンドルであったので、慣れるまでは大変だった。なんというか、クラブマンの正しい乗り方というものがあり、ハンドルで曲がるきっかけをつくるのではなく、ひざでタンクを押さえることにより、曲がるきっかけをつくるのがコツであった。
 CB750は大きなアップハンドルがついているし、前後17インチのホイールなので、簡単に車体を倒すことができる。小さなカーブなどでは、GB250よりも、ずっと走りやすい。

 峠を越えて、下りきったところが、本川根町(ほんかわねちょう)の中心集落である千頭(せんず)である。私がよく行く“いつもの場所”というのは、じつはこのあたりなのであった。


国道362号線
  (白地図著作権:「白い地図工房」


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