国道121号線   −その1−


 父親の重要な役わりのひとつとして、子供と遊ぶということがあると思う。
 もちろん、母親がその役わりをはたしてもいいのだが、女性は子供と同じレベルになって遊ぶことが、どうも苦手のようだ。自分の子の将来に対する責任感が、強すぎるのだろう。どうしても、遊びのなかに勉強になるとか、将来のためになるとか、そういった希望を入れてしまう。その結果、世界名作文学全集などといったものを買い揃えて読ませたり、あるいは知育玩具などといったものに、手を出しがちである。
 それに対して父親は、自分の子の将来に対する責任感が、母親に比べると希薄であるように思う。将来のためとか、勉強になるとか、そんなことを考えながら子供と遊ぶような父親は、あまりいないだろう。
 そして、自分もいっしょになって遊ぶ。子供にしてみれば、さきざきの役に立つなどと言われながら遊ぶよりも、あとさきのことを考えないで遊ぶほうが、楽しいに決まっている。また、父親がリードすることにより、子供は遊びに関するいろいろなノウハウを身につけていく。
 たとえば、釣りが好きな父親を持った子供は、針の結び方とか、エサのつけ方とかいったことに詳しくなるし、キャンプが好きな父親を持った子供は、火の起こし方とか、食事の作り方などといったことに詳しくなる。そういったことは、子供の学校における評価を上げたり、いい学校に進学したりすることにとっては、あまり役に立たないには違いない。
 こうして、子供は父親と遊ぶことにより、人生の無駄なすごし方を覚えていくのである。けれども、そういうことは、大人になってから、じつは意外に大事なことであることに気づくのである。

 2003年8月30日土曜日、私は国道4号線を、北に向かっていた。今日は、中禅寺湖畔の菖蒲ヶ浜キャンプ場で、友人とキャンプをすることになっている。
 私はオートバイに乗りはじめてから、今日にいたるまで、基本的には、いつも一人で走っている。その理由は、何人かで走ると気をつかうことが多くて、疲れるからだ。旅先で知り合ったオートバイ乗りどうしでも、あまり、いっしょに走ったことはない。いつも、「どうかお気をつけて。」といって、その場で別れてしまう。集団で走るのが苦手だから、ツーリングクラブなどにも、所属したことはない。
 だからといって、べつに人間嫌いというわけではない。気が合う仲間どうしであれば、いっしょに走りたいと思う。
 中禅寺湖畔で落ち合ったのは、そういった仲間たちである。いまは、みんな別々の会社にいるのだが、もともとは同じ会社にいて、オートバイやクルマが好きな者同士が、なんとなく集まった。そのときのつき合いが、いまも続いているのだ。
 仲間とはいっても、年に2〜3回くらい集まって、キャンプをする程度である。ふだんは、みんなそれぞれが、ひとりで楽しむ趣味を持っている。釣り、オートバイ、ドライブ、ダイビング、スキーなどといったものである。ふだんは、一人でそういったことに時間を使っているから、たまにしか集まらない。また、あまりべたべたした人間関係を好まない。お互いに少しずつ距離をおいているところが、もう10年以上も交流が続いている理由であると思う。

 みんないい年齢だから、子供がいる。だから、夏休みになると、子供を連れて来る。けれども、子供を楽しませるために、連れてくるという感じではない。まずは自分が楽しみたいのであって、子供はついでに連れてくるといった感じである。
 今日は、中禅寺湖畔の菖蒲ヶ浜キャンプ場に、午後3時ごろ集合、ということだけが決まっている。あとはそれぞれ、行きの道中に好きなことをしながら来る。渓流釣りをする者もいれば、ゆっくり昼頃出て来る者もいる。
 私はというと、いつものように国道を走って行き、途中、気に入ったところがあれば、写真を撮ったりしながら、現地に向かうつもりであった。




    国道121号線  (白地図著作権:「白い地図工房」


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