国道55号線  −その3−

 阿南市を通る。「あなん」という音が、なんとなく日本語でないような感じがするので、印象的な市である。実際には、周辺の12町村が合併してできた市であり、阿南という名前は“阿波の南”ということで、そのときに付けられた名前なのであった。 
 青色発光ダイオードで有名な、日亜化学工業が、このあたりにある。国道55号線沿いにあるのかな、と思ったのだが、わからなかった。  JR牟岐線(むぎせん)の橘駅の近くに、「亜熱帯植物群落の伊島(いしま)へ」という看板があった。この近くにある伊島という島に渡る船の乗り場があるのだ。
 そういえば、船に乗っているとき、「みなさま、本船はまもなく伊島を通過します。」というアナウンスがあった。伊島がどんな島であるか、といった説明は全くなかった。まるで、船の乗客全員が伊島を知っているものと、決めつけているような言い方であった。私は伊島を知らなかったので、「どんな島なんだろう。」と思って、わざわざ甲板に出て見に行った。
 伊島は、紀伊水道を南から入ってくると、最初に見える島であり、船乗りのあいだでは、灯台のような役割を果たしている島らしい。四国南部の人にとっても、知らない人はいないくらい有名な島なのだろう。

 伊島の地図を見る


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阿南市公式ページ
伊島


 日和佐では、その名も「うみがめ荘」という国民宿舎に泊まった。ここの前の海岸は、大浜海岸という。広い砂浜になっていて、ウミガメが産卵のために上がってくるのだ。近くには、「うみがめ博物館」なるものもある。ウミガメファンにとっては、まさに聖地という感じのところである。
 博物館のまえには、幼稚園のプールのような感じの水槽があり、そこにたくさんのウミガメが飼われている。目の前でウミガメが泳いでいる。さわってはいけないのだろうな、と思ったが、ヒレのようになった脚を見ていると、うずうずしてきて、ついさわってしまった。ウミガメの脚は非常に薄いもので、よくこんなもので推進力が得られるな、と思うほどだった。
 ここのウミガメは、このように簡単にさわれるが、もしウミガメにかみつかれたら、指など簡単になくなるだろうから、気をつけなければいけない。飼われていたのは、アカウミガメで、黒目がち(といってもほとんど黒目だが)の、とても愛らしい目をしていた。

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うみがめ博物館


 ウミガメというのは不思議な動物である。まず、何億年も前から地球に住んでいる。恐竜たちとウミガメは、同居していたのだ。恐竜たちが絶滅して、ウミガメが生き残ったのは、海の方が環境の変化が少なく、彼らが丈夫な甲羅を持っていたからだろう。そして、砂浜に上陸し、産卵する。彼らが一生のうちで、陸上に上がるのは、この時だけだ。
 不思議な習性であると思う。ふだん、海で生活している彼らが、陸に上がってくるのは、非常に危険なことである。子ガメにとっても、孵化したあと、海に向かっていくのは、鳥などに襲われるため、やはり危険なことである。そんなことをしないで、海のなかで産卵すればいいのに、と思う。
 上陸して産卵するのは、何億年かまえ、彼らの祖先が陸上で生活していたことの名残であるという。いまだにその習性を忘れていないのである。融通がきかない、律儀者なのである。

 いよいよ日が暮れた。
 言い忘れていたが、ウミガメが上陸してくるのは、たいがい夜である。日が暮れると、砂浜は閉鎖され、海岸に通じる道路も通行禁止になる。さらには、旅館の各部屋には、厚いカーテンがひかれる。少しでも灯りがあると、ウミガメは警戒して上陸しないのだそうだ。そして、地元の人たちが、砂浜を行き来して、ウミガメの上陸を、しっかりと見張っている。そして、夜12時までにウミガメが上陸すると、宿舎に知らせが入る。すると館内放送がされ、宿泊客はいっせいに砂浜に見物に出る、という、万全の態勢となっている。
 ただし、ウミガメが上陸するのは、5月から8月までの3ヶ月で40頭くらいであるから、1泊か2泊したくらいで、ウミガメの産卵が見られるとは限らない。というよりも、かなりラッキーであるといえよう。私は、夕食をすましてから、カメの上陸放送を聞きのがすまいとして、12時まで起きていた。が、放送はなく、あきらめて寝た。



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