オートバイとクルマではどちらが速いか、ときいてみて、「そんなもん、オートバイに決まってるぜい!」と言うような人がいたら、こう言ってあげるといい。
「ウ・ソ・ツ・キ」。(笑)
オートバイとクルマでは、クルマの方が圧倒的に速い。長年にわたり、クルマとオートバイの両方に乗り続けてきた私は、そのことを経験的に知っている。
実際のデータで検証してみよう。
四輪レースの最高峰であるF1。鈴鹿GPを例にとると、彼らは一周5.807kmの四輪コースを、1分30秒そこそこでまわってきてしまう。平均時速は約232km/h。それに対して二輪レースの最高峰であるMotoGPではどうか。加藤大治郎選手の不幸な事故以来、鈴鹿でのMotoGPは休止状態なのであるが、2002年の記録を例にとると、一周5.821kmの二輪コースを、トップクラスのライダーは2分04秒台でまわっている。平均時速は約169km/h。
この数字の差は、状況により異なるとか、腕の差によるとか、そんな解釈が入り込む余地など、まったくない。世界でトップクラスのドライバーとライダーたちが、限界までチューニングされたマシンに乗ってたたき出したタイムにおいて、これほどの差があるのである。
実際には、二輪コースは四輪コースに対して、約14メートル長い。これは、ヘアピン過ぎに二輪専用のシケインが設置されているからである。だから、全く同一の条件での比較は出来ないのだが、それでも、F1とMotoGPは、鈴鹿サーキットにおける平均時速において、じつに時速64kmもの差があるのである。
その大きな要因は、コーナリングにおける絶対的な速度と、ブレーキング技術の差である。そこで今回は、ブレーキング技術について述べてみたい。
私がオートバイとかクルマに乗り始めた頃、ブレーキはドラムブレーキが主流であった。タイヤは、つるつる滑ったものである。それが、いまでは前輪、後輪ともディスクが普通。オートバイの前輪はダブルディスクが主流である。タイヤは当時とは比較にならないほど、高いグリップ性能を発揮する。オートバイのラジアルタイヤは、まさに魔法の杖だ。
このようなタイヤとブレーキの進歩は、運転技術にも大きな影響を与えている。とりわけ、大きく変わっているのはブレーキング技術である。
まず、私たちが教習所で習った断続(ポンピング)ブレーキ。あれ、忘れていいから。(笑)
まさか、現在の教習所でもあれを教えているとは思えないけれど、放熱のいいディスクブレーキで、断続ブレーキをやる必要などまったくない。やらなければいけないとしたら、前輪ドラムのSR400くらいであろう。それと、スローイン・ファーストアウトについて。前置きが長くなった。今回の話のポイントはこれである。 m(_
_)m
クルマに詳しい友人によると、スローイン・ファーストアウトというのは死語になりつつあるようだ。その理由は、やはりタイヤの進歩である。まず、オンロードの場合であるが、コーナーに入ってからクリッピングポイントまでブレーキングは続けられる。左カーブを例にとると、クリッピングポイントまでブレーキングを続けて、右前輪により多くの車重をかけることにより、安定して旋回できるのである。(図6-1)
図6-1 舗装路におけるクルマのブレーキング

昔のタイヤだと、こういうことをすると右前輪がすぐに悲鳴をあげてしまったし、後輪駆動のクルマだと、リアサスが浮いて、簡単に後輪が流れてしまった。いまはタイヤとともにサスペンションもよくなったから、こういう走りにも耐えられるのである。
次にオフロードの場合であるが、コーナーに入ってから、強く短いブレーキを一発、ガツンッと踏んでやる。で、急速に減速してから、ぐいっと曲げてやる。ハンドル操作なんて、曲がるきっかけを与えてやるだけに過ぎない。こういうブレーキングは、公道の速度レベルなら舗装路面でも有効であろう。以前、私はカートの講習に参加したことがあるのだが、そのときもインストラクターに、「コーナーに入ってから、強く短いブレーキ!」と言われた。僕らの頃にくらべて、運転はえらく単純になってきているようだ。(図6-2)
図6-2 未舗装路におけるクルマのブレーキング

ということで、スローイン・ファーストアウトなんて、クルマの世界では少なくとも速いやつは、いまは誰もやっていない。みんなコーナーに入ってからブレーキングを始めるのである。
一方、オートバイであるが、MotoGPクラスの技術をもつライダーならともかく、私のようなヘタレライダーにとって、スローイン・ファーストアウトは、いまだに必須の技術である。
なぜか。
まず、クルマでいうオンロードの場合のように、クリッピングポイントの手前までブレーキングをするというのは、オートバイの場合、なかなか難しいのである。というのは、ブレーキングをすると、当然、前輪に荷重がかかる。そして、後輪の駆動力はそれを押すから、オートバイがどんどん立ってしまうのである。クルマでいうと、アンダーステアが強く出る状態と思えばいい。
それを防ぐためには後輪ブレーキをかけてやればいいのだけれど、みんなよく知っているように、オートバイの後輪ブレーキはあまり効かないし、また、限度を超えると唐突に流れ始める。そういうとき、あわててスロットルを戻すと、これもみんなよく知っているハイサイド転倒である。右カーブであれをやると、ふつう死ぬ。そのことは前にも書いたとおりである。
ということで、クリッピングポイントまでブレーキングを続けるというのは、MotoGPクラスの技術を持つライダーならともかく、ふつうは出来ないと考えた方がいいだろう。
つぎにクルマでいうオフロードの場合。強く短いブレーキを一発、ガツンッと踏んでやるというのを、オートバイでやったらどうなるか。これは、みんなわかるだろう。一発で“握りゴケ”である。
握りゴケをすると、まず体が放り出される。そのあと、重量200kgを超えるオートバイが自分に向かって飛んでくるのだ。そうして、ガードレールとのあいだにはさまれ、ああ、内臓と脳みそが飛び出たなあ、と思ったら、あとは霊能力者にしかわからない世界である。
ということで、オートバイの場合は、なるべくコーナーに入る前にブレーキングは終了しておくべきである。そうして、車体を傾けてからコーナーに入ったあとは、ゆっくりと加速して後輪に荷重をかけながら旋回することを心がけるべきであろう。 (図6-3)
オートバイというものは、あくまでも後輪でまわるもんである。そう考えておいた方が無難だ。
図6-3 オートバイにおけるブレーキング

何度もいうように、このシリーズでは、絶対的な速さを追求する技術について論じているのではない。私のように運転がヘタなライダーが安全に走るために、いかにして多くのセーフティマージンをかせいでいるのか。それを論じているのである。
ということで、クルマとオートバイと比べると、クルマの方が圧倒的に速い理由もわかっていただけただろうか。要するに、クルマの方がコーナーに入っていくとき、突っ込みがきくのである。立ち上がり加速でクルマを引き離せてても、ブレーキング勝負でオートバイがクルマにかなうわけがないのである。そういったこともわかったうえで、オートバイに乗るといいと思う。オートバイの運転の楽しさは、決して速さだけではない。
また、単純に速さだけを求める人は、オートバイよりもクルマに乗った方がいいだろう。そういう人は、コーナーの入口で、私のように遅いオートバイのケツをつついていた方が、楽しいはずである。