中高年のためのオートバイ運転講座

 5.ニーグリップについて



 教習所やライディングスクールで教えていることは、間違っているとはいわないが、その環境でしか通用しないということも事実である。今回は、ニーグリップという技術の有効性について述べたい。
 教習所やスクール、あるいは安全運転講習会などで、私は教官やインストラクターたちに、しばしば、こう言われたものである。

「いいですか。オートバイはハンドルでコントロールするのではありませんよ。タンクをヒザではさみこみ、押さえ込むことによりコントロールするのです。こういう技術をニーグリップといいます。ニーグリップはオートバイを運転するうえで、ごく基本的な技術なのですよ。」



...本当だろうか?

 まず、非常に現実的な問題として、ニーグリップが出来ない車種というものの存在がある。たとえば、アメリカンと呼ばれるクルーザータイプ。あるいはビッグスクーターだ。ああいった車種は、ニーグリップそのものができない。

 上のような教え方をする人というのは、私はひとりよがりだと思うのである。あるいは、何の疑問も持たずに教えているとしたら、頭がおかしいのではないか。
 教習車がニーグリップできる車種だからといって、ニーグリップができない車種に通用しない技術を教えて、いったいどうしようというのだろうか。そんなものに乗っている方が悪い、とでもいうのだろうか。
 ニーグリップをすることができる車種に対して、ニーグリップをすることができない車種が著しく危険だなどという話は、私は聞いたことがない。もし危険だとしたら、例えばハーレー・ダビッドソンのような超一流のメーカーが、そんなものを売るわけがないではないか。
 そもそも、ニーグリップという技術は、あらゆる状況において有効なのだろうか。まずは、そこから検証するべきであろう。


 もし、機会があれば、すいている高速道路で時速100kmくらいで走っているとき、試しにタンクをヒザで押してみていただきたい。方向は変わるだろうか。

...変わらないのである。

 2つのホイールが高速でまわることによるジャイロ効果というのは想像以上に大きく、ちょっとくらい車体を押そうが引こうが方向は変わらない。ニーグリップにより車体を傾けることによるセルフステアで曲がることなんて、できるわけないのである。
 つまり、ニーグリップとそれによるセルフステアによりオートバイをコントロールできるのは、時速20kmとかせいぜい時速30km以下。教習所のコースにおいて、ごく低速でローとかセカンドを使ってパイロンスラロームをやる時くらいである。その速度範囲内であれば、オートバイを安定的にコントロールするのに、ニーグリップはきわめて効果的な技術である。それは認めよう。

 では、その速度範囲を超えたら?...ほとんど効果はないのである。


 それでは、時速40km以上で走っているとき、オートバイはどのようにすれば安定して曲がることができるのであろうか。まずは、曲がろうとする方向と反対方向に軽くハンドルを切る。逆ハンを切るというほど極端ではない。かるくあてる感じである。これは無意識のうちに、みんなやっているはずだ。でないと、オートバイは曲がるわけがないのである。
 そうして、前輪の通る軌跡と後輪の通る軌跡に差ができることにより、重心を移動させる。で、とりわけ大きな後輪が傾くことにより、安定してまわることができるのである。つまり、時速40km以上の速度で安全にカーブを曲がろうとする場合、重要なのは、「ハンドル操作をきっかけとして、後輪を積極的に操舵する技術」である。この段階になると、ニーグリップという技術は、ほとんど効果がない。
 ていうか、そもそもニーグリップができない、アメリカンやスクーターなどの車種では、このようにして曲がるよりほか、方法はないはずである。だとしたら、こういった技術に習熟した方が、得策なのではないだろうか。


 ニーグリップというのは、日本の道がまだほとんど未舗装だった時代、われわれの先輩たちが、轍(わだち)だらけの砂利道をトライアンフとかBSAといった、足まわりのプアな英国車で必死になって走っていた時代、車体を安定させるためにあみだされた技術のような気がする。それが、今日にいたっても、自動車教習所で伝承されているというか...。
 いまや、ほとんどの道路が舗装されているし、オートバイの足まわりも飛躍的に進歩した。オフロード車に乗って林道でも走ろうと思わない限り、あまり、ニーグリップにこだわる必要はないのではないか。そのように考える方が、よほど現実的であろう。


 私自身は、オートバイに乗り始めてから今日にいたるまで、教習所を出て以来、ニーグリップなんか、やったことはない。理由は、時速40kmを超える速度でカーブを安定してまわるためには、前述のようにハンドル操作をきっかけとして、後輪を積極的に操舵する技術のほうが重要であると思っているからである。
 それに、私は運転がヘタであるから、長距離を走り切るために、運転による疲労が最小限になるように努力している。そのためには、からだによけいな力は、できるだけ入れたくない。だからニーグリップなどはせず、できるだけゆったりしたポジションで走るようにしているのである。そもそも、300kmを超える距離を走ろうとする場合、ニーグリップなんか、やってられるわけがない。



 この文章は、もともとBlogに書いていたものだけど、以上を記事として掲出していたら、あるインストラクターを名乗る人から、このような反論があった。

「高速道路の直線区間でも、路面の荒れがあれば車体がブレます。こういった時にニーグリップをすることで、自然とバランスを取る人間の体がバイクのブレを吸収し、車体のブレが小さくなり、安定走行が可能になります。ニーグリップは重要な技術です。」



 だからー、何度も言うように、ここでは二輪のインストラクターの資格を持っているほど運転が上手い人が、限界ちかいスピードでオートバイを駆る技術について述べているのではない。私のように運転がヘタな者が、いかにして18年間8万キロ以上を無事故で乗り切ってきたのか。言い換えれば、自分のヘタな運転技量に対して、いかにして大きめのセーフティマージンをかせいできたのか。それを述べているのである。

 高速道路で150km以上も出して走れば、ちょっとした路面の荒れにより車体がブレるのはあたりまえである。あるいは雨の高速道路で、時速100km以上も出して水たまりに突っ込めば、オートバイの丸いタイヤは、ハイドロプレーン現象により簡単に浮き上がり、ブレるもんである。
 そういった、いわばあたりまえに起きる危険な現象に対して、ニーグリップで車体を抑えこむ技術で対応することが、本気で重要だとでも思っているのだろうか。それよりは、晴れた日の高速道路でも時速100km以上は出さない、雨の日の高速道路では時速80km以上は出さないことの方が、よほど重要なのではないだろうか。


 私は高速道路を時速150km以上でオートバイを運転をすることなんか、おそらく一生ないだろう。私だけでなく、まっとうなオートバイ乗りの多くは、ごく当たり前の速度域でオートバイに乗って、ライディングもしくはツーリングを楽しみたいと思っているはずである。だとしたら、ニーグリップなんか必要ない。それよりは、疲労が少なくなるようにした方が、運転の余裕につながるし、安全に長距離を走ることにおいては、むしろ有効だと思うのである。

この「中高年のためのオートバイ運転講座」はBlog「国道な日々」に掲載していた記事を再掲したものです
無断転載を禁止します


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