教習所やスクールで、よく「目線!」と言われなかっただろうか。
オートバイの場合は、自分が見た方向に進む性質がある。だから、自分が進もうとする方向を見るのだ、と。そういうことらしい。けれど、実際に公道に出たら、自分が進もうとする方向なんか、まず見ることはないのである。
運転中はどこを見ればいいのか
いまはどうなのかわからないけれど、教習所やライディングスクール、あるいは安全運転講習会などで、私は教官やインストラクターたちに、しばしばこう言われた。
「オートバイには、自分が見た方向に進む性質があるのです。だから、自分が進もうとする方向を見るのは、オートバイを運転するうえで、基本的な技術ですなのですよ。」
そういうことを言っていた教官やインストラクターたちは、こんな道を想定していたのではないだろうか。
写真3-1 北海道道105号線

こんな道ばかり走るのであれば、私だって余計なことは言わない。どうぞ、自分が進もうとする方向、×印のあたりを見て走っていただきたい。けれど、私くらい、用もないのに日本中、いろんなところを走ってきた人間も珍しいだろうけど、現在の日本においてこんな道というと、この北海道道105号線以外、私は知らない。現実の道はというと、だいたい、こんなもんだろう。
写真3-2 高田馬場駅前

こんな状況で、あなたは自分が進もうとする方向、×印のあたりを見ながら、突っ走って行けるだろうか? 私は運転がヘタだから、とてもではないが、そんな度胸はない。
では、運転中はどこを見るべきなのか。それは、当然のことながら、もっとも近い未来において、危険が発生する可能性が高いところを、順番に見ていくべきであろう。
写真3-3 視線の送り方

1. まず、私が見るのは、一番手前の銀色のクルマである。
前のトラックとの間隔がミョーに空いているし、前輪の向きが左を向いている。もしかしたら、こいつはレーンを間違えて、右レーンから左レーンに出ようとしているのではないか。 その際、オートバイはしばしば見落とされる。こいつの動きには、十分注意した方がいい。
2. 次に、対向右折車の存在が非常に気になる。
白いトラックとタクシーでまったく見えないけれど、いま、自分から対向右折車が見えないということは、相手からも見えないのである。であるのに、すっとばして直進して行って、ひょいっと右折車が出てきたら衝突。自分はヒューンと飛んで行って、アスファルトに脳みそをぶちまけることになる。
え? 直進の方が優先だって? そんなもん、死んでしまったら、「オートバイが急にものすごい速度で突っ込んで来た。」と言われて 終わりである。
3. 次に信号。
急に変わったりしないだろうな。
4. すでに信号が変わっているのに横断歩道上にいる歩行者。
こいつら、あと何人いるんだ! 横断歩道上の歩行者を轢いてしまったりしたら、運転者に重大な過失があるとされ、自賠責も出ないかもしれない。そうしたら、人生、終わりである。
5. その先の白いクルマに向かって歩いていく人。
こいつ、いったいどこに行くんだ。もしかして、白いクルマに乗るのか? だとしたら、後ろを見ないで急にドアを開けるかもしれない。
ということで、私なら1→2→3→4→5と見ていく。
さらにその先では?
私は、基本的には、いつも道の左側を見ている。理由は、人が飛び出してくるか、クルマが飛び出してくるか。「危険の大半は、いつも左側からやってくる」からだ。だから、私は決して自分が進もうとしようとしている方向なんか、見ていない。そんなヒマなんか、あるわけないのである。
では、それらを見て、どうすればいいのか。
簡単である。危険な状態が起こる可能性のあるところに近寄らなければいいのである。
写真3-4 危険な状態が起こる可能性のあるところに近寄らない運転

上の状況で最も危険なのは、手前がわの銀色のクルマとの接触、および対向右折車との衝突であることは言うまでもないだろう。であるのに、自分の進もうとする方向だけを見て、赤のようなコースを行くのはあまりにも無謀である。 ここは、銀色のクルマを避け、さらには対向右折車をよく見ることができるように進む、青のようなコースをとる方がはるかに無難であるといえよう。
まとめると、私は運転がヘタだから、自分が進もうとする方向を見ながら、突っ走っていく度胸はない。危険な状況が発生したとしても、上手にかわせる自信もない。だから、危険が発生する可能性が高いところを順番に見ていく。そして、あえてそこに近寄ったりはしないのである。