国道55号線  −その2−

 目がさめると、大王崎の沖を航行していた。船のレストランで朝食をすまし、甲板に出てみる。
 しばらく行くと、海の水が、青っぽい色から黒っぽい色にかわった。境界ははっきりしていて、まるで、海に線がひいてあるかのようだ。青っぽい色の水のところは温度が低く、黒っぽい色の水のところは温度が高いのだ。こういうところを、「潮目」という。黒っぽいところは暖流。すなわち黒潮である。
 いちばん後部の甲板に、「双暗車注意」と書いてある。日本語で書いてあると、いったい何のことかと思うが、英語で「Beware of the twin propeller」と注記されているので、ああそうか、と思った。英語の方がわかりやすいようでは、注意書きの意味がない。つまり、この船は、プロペラ(=スクリュー)が、後部に2つあるのだ。プロペラのことを暗車というのは、初めて知った。
 しかし、では具体的にどう注意すればいいのか、わからない。もし海に落ちたら、2つあるプロペラのどちらかに巻き込まれてバラバラになりますよ、ということなのだろうか。いずれにしても、海に落ちたら死ぬのだから、注意しなければならない。
 巨大な煙突から、ディーゼルの排気が勢いよく、吐き出されている。現代の船は、ほとんどがディーゼルエンジンであるから、まるで蒸気船のような巨大な煙突は必要ない。だから、この煙突はダミーである。けれども、船には煙突がないと、やはり格好がつかない。ダミーの煙突をつけるのは、船のデザインにおける常識となっている。

 船のなかをうろうろして、こういう観察をしているのは、要するにヒマだからである。この船は、東京〜徳島間に、約18時間かかるのだ。徳島港に到着するのは、午前10時45分である。
 しかしながら、あまり苦痛ではない。船に乗ると脳の活動がゆるやかになり、アルファ波がたくさん出ている状態になるらしい。たしかにそうだ。私は、船ならば何日乗っていても平気だ。
 以前に、私は日本最長の航路である東京〜沖縄航路を往復したことがあるが、片道44時間の航程も、全然長いとは思わなかった。むしろ、もっと乗っていたいと思ったほどであった。毎日、海を見ながら仕事ができる船乗りっていうのは、いい仕事だなと思う。

注)この文章を書いた時点(1994年8月)において、私はそのように思っていたのだが、その後、本物の船乗り(一等航海士)と話をする機会があった。彼によると、荒れる海のなか、ブリッジで長時間立ちっぱなしでウォッチをするのは、相当、つらい仕事であるということであった。

 徳島には、10時45分、定刻ぴったりに着いた。船というと、なんとなくアバウトな印象があるかもしれないが、現在の船は、非常に正確な時間で運航されているのである。

 四国4県の広さは、約1万8787平方キロメートル。日本の総面積の約5.0%を占める。それに対して、人口は4県すべてあわせても、約417万人。日本の総人口の約3.3%にすぎない。つまり、面積のわりに人口が少なく、すなわち全国の平均よりも、人口密度が低いということになる。
 日本において、積極的な自然保護は、行われていない。だから、きれいな海や山、あるいは川を見たいと思ったら、人口密度が少ないところに行ったほうがいい。要するに可能性の問題なのであるが、破壊する者が少ない方が、自然が残っている確率が高いということである。その意味では、人口密度が少ない北海道と四国は、日本において、最も自然が多く残っているところであるといえよう。
 船をおりると、すぐに国道55号線を南にむかう。普通の旅行者にとっては、まずは徳島市内を見物するのが順序であろう。だが私は、ウミガメを見に四国に来ただけだから、まっすぐに日和佐に向かうことにする。



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