国道55号線  −その1−

 1994年8月4日、私は有明のフェリーターミナルにいた。これからフェリーで、徳島に行くつもりだ。
 徳島県の日和佐(ひわさ)というところに、ウミガメが上陸する海岸がある。毎年、春から夏にかけて、産卵のために上がってくるのだ。どうしてそこにだけ上陸するのかは知らない。けれど、かなり高い確率で、ウミガメを見ることができるらしい。
 私は、ウミガメは水族館でしか見たことがない。が、なんとなく心ひかれる動物である。ウミガメファンである、と言ってもいい。
 ウミガメは、なんといっても、爬虫類のくせに、目がやさしいところがいい。陸上にいるヘビやトカゲは、みんな油断のならない目をしている。しかし、何億年も海のなかで生活しているうちに、ウミガメは自然とやさしい目になってしまったのだろう。
 ウミガメファンを自称するかぎりは、ぜひともウミガメの産卵をナマで見たいと思う。ということで、私は、一人で徳島県に行くことにしたのである。

 私が乗るフェリーの会社は、オーシャン東九フェリーという。東九というくらいだから、東京から九州に行くのだが、途中、徳島に寄っていくのだ。航路は、太平洋岸沿いに、紀伊半島の潮岬をまわって、いったん徳島に入り、徳島を出ると、室戸岬と足摺岬をまわり、佐賀関水道、関門海峡を通り、北九州へ、というようになっている。なかなかの遠回りだ。ということで、東京を夕方出て、北九州に着くのは、翌々日の朝になってしまう。
 そのようなことから、この船に乗って北九州に行く旅客は、あまりいるとは思えない。直接、高速道路で行ってしまうか、大阪まで走って、瀬戸内海を行く夜行のフェリーに乗った方が早いし、安い。
 乗船手続きをすまして、駐車場に降りていくと、やはり、乗船を待つクルマとオートバイの半分以上には、「徳島行」という紙が貼られていた。九州に行くクルマの大半は、無人航送、つまりクルマだけ送って、ドライバーは飛行機か新幹線で行く、という方法をとっているようだ。

リンク
オーシャン東九フェリー
日和佐町公式ページ

 2等船室は、わりと空いていた。カーペットの上にごろ寝、というむかしながらのスタイルであるが、足を伸ばした姿勢で寝っ転がっていけるので、これがいちばん楽なのである。私は、ごろんと、大の字になった。
 有明フェリーターミナルを出航すると、しばらくはあまり空気がよくない。無理もない。ゴミの最終処分場である「夢の島」が近いのだから。でも、5キロメートルくらい離れると、快適な海風になる。私は甲板に出て、缶ビールを取り出すと、一人で乾杯した。

 東京湾のなかは、全船舶が15ノット(時速24キロメートル)に制限されているから、なかなか湾から出ることができない。観音崎をまわった頃には、もう完全に夜になっていた。
 南に大きな島があり、灯台がま近にみえる。はて、こんなところに島があったかな、と思うが、まぎれもなく大島である。あまりにも近くに見えるので、ちょっと驚く。
 見上げると、満天の星空であった。海の上では、灯火光が大気中の塵埃に乱反射することがないから、星が非常によくみえるのである。若い人が一人、後部甲板で寝袋にくるまって寝ていた。「時には星の下で眠る」という、片岡義男の小説を思い出す。こういうのもいいな、と思ったが、いい大人が、「海が荒れたら危険ですから、船内に入ってください。」などと、船員に注意されたくない。おとなしく、船室で寝ることにした。


国道55号線 (白地図著作権:「白い地図工房」)

 


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