国道311号線   −その3−


 曽根をすぎると、梶賀(かじか)という小さな集落がある。ここには、商売上手な漁師が、多く住んでいるらしい。大敷網(おおしきあみ=定置網漁)でブリを獲ったり、タイやハマチを養殖し、それを生け簀で生きたまま都会に運んだりして、とても儲かっているとかいう話だ。
 大敷網というのは、まあ、バクチみたいなものである。うまく魚が入れば、めちゃめちゃ儲かる。何年かに一度、大漁になると、関係者は、みんな大金持ちになってしまう。

 私の父は、旧制尾鷲中学(現尾鷲高校)から慶応義塾大学に進み、サラリーマンになった。けれども、大学は出たものの、月々わずかな給料で生活をしていると、故郷の漁師が大儲けする話が、うらやましくて仕方がなかったらしい。

「梶賀のほうで、大敷網にブリが入って、みんな何千万円も儲けたらしい。」

とか、家でそんな話ばかりしていた。
 いまでは、父のそんな気持ちは、よくわかる。けれども、当時はそんなことを言われても、私たち家族はどうしようもなかった。「ふーん。」と相槌をうつしかなかった。

 梶賀から先の国道311号線は、長いあいだ、不通であった。トンネルを掘っているという話は、ずいぶん前から聞いていたのだが、いつ開通するかは、まったく不明であったのだ。けれども、2001年11月に、ついに新しいトンネルが開通し、これにより国道311号線は全通したのである。私にとって、この区間を走るのは、初めてである。

 新しい開通区間を、尾鷲がわから走ると、まず最初に曽根トンネル、次に梶賀トンネルという順で抜けていく。この2つのトンネルを含む区間が、最後に開通した部分である。トンネルのコンクリートが、まだ新しい。その先の須野トンネルは、少し前に完成していたもので、コンクリートの色は、やや古びている。
 新しく開通した区間を走るのにかかった時間は、たったの2分くらいであった。あまりにもあっさりと通り過ぎてしまったので、もう一回戻ろうか、と思ったほどだ。

 なお、曽根トンネルとほぼ並行して、梶賀第一トンネルが掘られている。このトンネルは、約20年ほど前に完成したものだけど、立派なトンネルで、出来た当時は、地元民のあいだで話題になったものである。私は、梶賀第一トンネルの先に、熊野市の須野まで、国道311号線が延長されるのだろうなと思っていた。が、実際には、そうはならなかった。どうやら計画の変更があったのだろう。
 おかげで、梶賀第一トンネルの建設にかけたお金は、まるごと無駄になってしまった。いろいろな事情があって、そうなったのだろうけど、もったいないことをしたものだな、と思う。

 曽根トンネル、梶賀トンネルの地図をみる


 さらに国道311号線をすすむ。
 曽根トンネルから須野トンネルまでは、道幅も広いうえ、カーブもゆるやかなので、いくらでもスピードが出せる。けれども、須野トンネルを過ぎると、道はとたんに細くなる。あまりにも急に細くなるので、危険である。ここを走られる方は、十分に注意して走行していただきたいと思う。

 須野トンネルを抜けた、すぐ先にある須野という集落は、子供の頃の私にとっては、幻の町であった。梶賀をすぎて、岬をまわると、須野というところがあることは、地図で見ていて知っていた。けれども、国道311号線が全通していなかった当時、須野に行くためには、いったん熊野まで出て、ぐるっとまわって来なければならない。何の用もないのに、そんなことができるわけもなく、ただ地図で眺めていた。
 いま、ようやく須野の集落を、この目で見ることができる。

 須野の集落は、国道沿いにはなく、細い道を降りていったところにあった。着いてみると、須野はあまりにも小さな集落であった。というよりも、20軒くらい、家が集まっているだけという感じである。家々から、人は出て来なかったけど、オートバイに乗った、おかしなヨソ者が入ってきたぞ、という拒絶の空気を感じた。私は早々に、立ち去ることにした。
 国道に出て、ふりかえってみると、須野は、やはり小さな集落だった。切り立った崖に囲まれたところで、本当にわずかな平地に、家が固まっているだけのところだった。海は岩礁で、暖かい海特有のエメラルドグリーン。おそろしいほど、きれいに澄んでいた。

 須野をすぎて、小さな岬をまわると、神須ノ鼻が見える。
 神須ノ鼻は、磯釣りをやる人なら、名前くらいは聞いたことがあるだろう。スポーツ新聞などの釣り情報を見ていると、たまに名前が出ている。「グレ60センチ、神須ノ鼻(三重県)」などというように。このあたりは、潮の通りがよいばかりでなく、交通が不便なので、まだ荒らされていないから、大物のグレ(メジナ)がたくさん釣れるのだろう。

 神須ノ鼻をはじめ、このあたりの海岸は、溶岩が深いところで固まった花崗岩(かこうがん)が露出しているところが多い。そして、溶岩が冷えて固まるときに、柱を寄せ集めたように割れ目が入る「柱状節理」(ちゅうじょうせつり)がみられる。それが、波に侵食されることにより、独特の景観となっている。


神須ノ鼻


 少し走ると、また道幅がひろくなる。このあたりの国道311号線の幅員は、狭くなったり広くなったり、めまぐるしく変わる。
 楯ヶ崎(たてがさき)という名所がある。少し前までは、海から船で行かないと、見ることができない幻の名所であった。私は、何年か前に、親戚の船に乗せてもらって、見たことがある。高さ100m、周囲600mという花崗岩の一枚岩は、下から見上げると、めちゃめちゃ迫力があった。
 現在は、国道311号線の全通にともなって、楯ヶ崎まで遊歩道が出来ていて、歩いて見に行くことができる。所要時間は、往復で2時間ほどである。

 ここに来るまでは、歩いて行ってみようかな、と思っていたのだが、いざとなると、2時間も歩いて見に行くほどのものかな、という気がして、やめてしまった。まあ、地元の人間の感覚というのは、こんなもんだろう。
 楯ヶ崎への遊歩道の入口には、クルマが5〜6台置ける駐車場がある。もう少し行くと、トイレのある駐車場もある。周囲に人家はない。あまり大きな声ではいえないけれど、キャンプをしても、たぶん平気だろうと思う。



楯ヶ崎 (写真提供:熊野市)

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