国道197号線 Part1  −その2−


 目が覚めると、大王崎の沖を走っていた。あいかわらず雨が降っており、海は灰色だ。けれども、波はそれほど高くなかった。どうやら、台風はそれていったようだ。私は、朝食をすましたあと、船内を歩いてまわった。

 船内には見覚えがある。じつは、私は、この船に乗ったことがある。それも、10年以上前に。しゃとるよこすかは、1989年に完成した船で、もとの名前を「えりも丸」といった。日本沿海フェリーという会社で、東京フェリーターミナルと苫小牧の間に就航していたのだ。私は、1990年の夏に、家族で北海道を旅行したとき、この船に乗ったのであった。
 えりも丸は、その後、「さんふらわあえりも」と名前を変え、大洗と苫小牧を結んでいたのだが、2年ほど前に引退した。海外に売られてしまったか、あるいはスクラップにされてしまったのだろうな、と、私は思っていた。けれども、シャトルハイウェイラインが開業するにあたって、しゃとるよこすかと名前を変えて、見事に復活したのであった。数奇な運命であるといえよう。

 新しく就航するにあたって、内装を大幅に改装したのかな、と思っていたのだが、実際にはそうでもなかった。だから、ロッカーの扉は、ところどころ、がたがたいうし、ステッカーの類もはがれかけている。が、いちおう清潔な感じがするし、快適ではある。
 ブリッジの下の展望ラウンジに行く。この船では、ここが一番、居心地がいい。東京計器(現社名トキメックス)の自動操舵装置が置いてある。これも、えりも丸のときと変わらない。もちろん本物ではなく、進路を表示する機能が生きているだけだ。見ると、進路240度付近(つまり西南西)を、カチッカチッと刻んでいた。私は灰色の海を見ながら、午前中の大半をそこで過ごした。

 そのあいだ、誰も来なかった。展望ラウンジを独り占めできるのはいいけれど、乗っている人があまりにも少ないというのは、心配である。出来たばかりの会社なのだから、もう少し、繁盛していて欲しいと思うのだが。
 それにしても、大した波でもないのに、けっこう揺れている。ローリング(横ゆれ)はそれほどでもないが、ピッチング(前後のゆれ)が出ている。そういえば、前回乗ったときも、この船、けっこう揺れたのを思い出した。もちろん、動揺防止装置のフィンスタビライザーは付いているけれど、前後に揺れやすい癖があるのかもしれない。

 なにもすることがないので、なんとなくエントランス・ホールに行く。すると、昨日のルーム・スチュワードのおじさんと目が合い、にっこりと笑ってくれた。

おじさん    「こんにちは。よくおやすみになれましたか。」
私      「はい。おかげさまで、ぐっすりと眠れました。どうもありがとうございます。」
おじさん   「新しい会社なんですが、新しい船ではなくて、びっくりしたでしょ。どうもすみませんねえ。(笑)」
私      「あ、いえ。じつは、この船、乗ったことがありまして。懐かしいです。」
おじさん   「おや、そうでしたか?」
私    「はい。北海道に行ったとき、えりも丸の時代に乗ったことがあります。」
おじさん      「ほう、そうでしたか。それはそれは。」
私     「いい船ですよね。」
おじさん   「はい。ちょっと揺れますけど、なかなかいい船ですよ。」


 私は、あまり自分の趣味のことで、勤務の邪魔をしてはいけないとは思ったが、出航のときに疑問に思ったことを聞いてみた。

私       「あのう、この船、うしろにもスラスターが付いていますよね。」
おじさん      「はい。よくご存じで。」
私      「でも、久里浜港を出るとき、うしろにタグボートが付きました。なんでですか。」


 しゃとるよこすかには、船を横移動させるためのプロペラであるスラスターが、船首と船尾についている。船首についているのをバウ・スラスター、船尾についているのをスタン・スラスターという。えりも丸に乗ったことがある私は、そのことを知っていた。
 バウ・スラスターとスタン・スラスターを両方まわせば、船は岸壁と平行なまま、離れることができる。なのに、どうしてタグボートを使って引き出したのか。そのことが疑問であったのだ。
 つまらない質問ではあるが、おじさんは丁寧に答えてくれた。

おじさん    「あの港では、この船を回頭させるには、ちょっと余裕がないんですよ。いや、できないことはないんですが、前の方で養殖をやっている業者がいましてね。網に引っ掛けたりしないように、安全のため、タグ(ボート)で引っ張り出しているんです。」
私      「ははあ、そうだったんですか。」
おじさん   「本当は、横須賀港を使う予定だったんですが、開業直前になって、狭い久里浜港になってしまったもんですから。」



 私は船が好きなので、横須賀と大分のあいだに、新しいフェリー航路ができるという話は、ずいぶん前から聞いていた。けれども、いっこうに開業するようすがない。どうも、中古の船を捜しているとかいう話である。なかなかシブい会社である。
それでも、東日本フェリーから、大型の船2隻を購入するという話がまとまったので、私はようやく開業になるのかな、と思っていた。
 ところが、直前になり、東日本フェリーが経営破たんしてしまった。日経の片隅にしか載らない記事であったが、私は、かなり驚いた。海運業なんて、典型的な利権産業だから、航路さえ持っていれば、まずつぶれることなんかない、と思っていたのだが。どうも過剰な設備投資をしすぎた、ということらしい。しまらない話である。

 結局、シャトルハイウェイラインが購入したのは、えりも丸とその僚船のおおあらい丸であった。おおあらい丸は、現在、「しゃとるおおいた」となっている。
 船は手に入ったものの、今度は横須賀港が使えなくなった。理由はよくわからない。横須賀市は、久里浜港を改修して、シャトルハイウェイラインに使わせることにした。浦賀水道航路を通らずに入港できるのはいいが、若干、不便である。
 ということで、なんだか本当に波乱万丈という感じで、ようやく開業にこぎつけたのであった。

私      「でもまあ、無事、開業にこぎつけたから、よかったではないですか。」
おじさん   「いま、新造船を計画しているんですよ。30ノットくらい出る予定です。」
私      「へえー、30ノットですか!?」
おじさん   「ええ。完成すれば、大分までは20時間、かからないですよ。」

 30ノットというのは、大型船舶としては、非常に速い。中古船で開業するシブい会社というイメージを持っていたが、将来においては、積極的な経営計画を持っているようだ。フェリー業界は、いま大変らしい。後発だけに不利な面もあるだろうけど、なんとか元気に存続して欲しいものだ。

 お昼ごはんに、レストランで「海軍カレーセット」を食べた。サラダとコーヒーが付いて800円であった。横須賀市にはカレー屋さんが多く、海軍カレーと名づけられたメニューは、いろいろなお店で提供されている。調べてみると、海軍カレーというのは横須賀市の登録商標であり、「よこすか海軍カレーの定義」をクリアしてさえいれば、どこでもこの名称を使用できるとのことである。


しゃとるよこすか船内にて


リンク

よこすか海軍カレーの定義
横須賀市



つづきつづきを読む     インデックスに戻る   ホームへホームに戻る

inserted by FC2 system